こんばんは。
ハイパーセルフ、
すべひとです。

今日はね。

「思考回路をデバッグする」

っていう話をしようと思うんだよね。

前回は、行動療法の話をしたじゃない?

見えない内面なんて気にせず、
見える「行動」を変えよう。
っていう、あの徹底的なアプローチ。

眼の前に広がる現実を変えるためには、
まず動くことが大事だった。

でも最後に、一つの問いを置いたよね。

行動を変えたとしてもさ。

頭の中にこびりついてる
「歪んだ思い込み」がそのままで、
本当にいいの?って。

また同じような場面で、
同じように歪んだ考えが暴走して、
逃げ出しちゃうんじゃないの?って。

今日は、そこへの応答。

だったら、頭の中の「思考」そのものに、
直接手をつけよう。

考え方の「クセ」をハックしよう。

っていう、専門家たちの話。

出来事ではなく、フィルターが感情を作る

まず、アルバート・エリスっていう、
ちょっと頑固で愛嬌のある学者がいてね。

この人が作ったのが、論理療法。

いまは合理感情行動療法、REBTって呼ばれてるんだけど。

彼が言った「ABCモデル」っていう理論が、
めちゃくちゃシンプルで面白いんだよ。

ボクらって、何か嫌なことが起きて、
ドカンと落ち込んだり怒ったりしたとき。

「あの出来事のせいで、おれは傷ついた!」
って思うじゃない?

出来事、A。
英語だとActivating event。

これ、要するに、
脳内のプログラムを動かす、
「起動スイッチ」のこと。

この起動スイッチが押されることで、
感情や行動という結果、C。
つまりConsequenceが、

直接引き起こされたんだ、って
ボクらは思いがち。

合理主義のエリスは、
こう言うんだよね。

「ちょっと待てよ」と。

起動スイッチ(A)と、結果(C)の間には、
必ず「B」が挟まってる。

B、すなわちビリーフ(Belief)。
脳内に眠っている、
「思考の処理プログラム(信念)」のこと。

起動スイッチ(A)が押されて、
このプログラム(B)が走り出すから、

感情の暴走というバグ(C)が
生まれるんだ、って。

出来事そのものはフラットなのに、
それをどう解釈するかという
「フィルター」が歪んでるから、
感情が暴走するんだ、って言うんだよね。

とある日のボクの大暴走

実はね……。
いやー、数年前の話なんだけど(笑)。

まさにボク自身が、
この「B」の大暴走しちゃったことがあるの。

家族サービスのつもりでさ。

週末に、ちょっと美味しいごはんを食べに行こうって、
ボクが計画したの。一生懸命お店を調べてね。

「よし、たまには贅沢させてあげよう。
服でも買ってあげようかな」

うん、なんてボクは優しい夫なんだ、って
気取ってたわけ。

なのに。

ちょっとした言葉の行き違いで、
妻が不機嫌になっちゃってさ。

それを受け止めた瞬間、
ボクの頭の中で「B」が着火した。

「せっかく喜ばそうと思ったのに!」
「何をやっても文句ばかり言う!」
「感謝の気持ちがない!」

エリスはこれを、
「イラショナル・ビリーフ、非合理的信念」
って呼んだんだよね。

〜すべき、〜ねばならない、
という、ガチガチの俺様ルール。

「企画してやったんだから、
感謝されるべきだろ!」

ってやつ。

その結果、C。

「もういい、おれは勝手に帰る!」
って吐き捨てて、別行動。

家に帰りたくなくて、
夜遅くまで、
一人で街をウロウロ彷徨ってたのよ(笑)。

完全にバグってるでしょ?

出来事は、ただの事実。

だけど、ボクの脳内の
「俺様ルール、B」という歪んだフィルターが、
「もういい、おれは勝手に帰る!」
という破滅的な行動を生み出しちゃったの。

脳内の悪質なポップアップ広告

同じような時期に、
アーロン・ベックっていう人も出てくる。

彼が作ったのが、認知療法。

ベックが着目したのは、
「自動思考」っていう概念。

何か出来事が起きた、その瞬間に、
自分の意思とは関係なく、
アタマに勝手に浮かび上がる
イメージや考えのこと。

これね、スマホを使ってるときに、
頼んでもいないのに画面の隅に出てくる、
悪質なポップアップ広告みたいなもの。

心が弱っていると、この自動思考というポップアップ広告が、
「どうせお前なんて嫌われてるよ」
「もう人生終わりだよ」って、

勝手に大暴走しちゃうんだよね。

この自動思考をノートに書き出して、
「それって本当に事実?」って、
一個ずつツッコミを入れてデバッグしていく。

それが、ベックの認知療法の第一歩なんだよね。

ベックはこれを「認知の歪み」って呼んだんだけど。

たとえば。

9人に「プレゼン良かったよ」と褒められたのに、
たった1人の「声が小さかった」という
マイナス意見だけが頭にこびりつく——
「心のフィルター」。

ちょっとした行き違いで、
「もう家族関係は終わりだ」と極端に走る——
「全か無か思考」。

根拠もないのに相手の心を悪く深読みする——
「恣意的推論」。

ボクらの頭には、
こういうバグが「標準装備」されてるのよ。

で、ここが大事なんだけど。

このポップアップ広告を量産しているのは、
もっと深いところにある「スキーマ」、
あるいは「フレーム」とも呼ばれる、
固定化した思考の枠組みなんだと。

「自分は評価されなければならない」
「愛情は証明されなければ信じられない」

みたいな、幼い頃から積み重なった
根深い思い込みのこと。

自動思考はあくまで
表に出てくるポップアップ広告。
スキーマは、そのポップアップを量産している
広告配信システムそのものなんだよね。

同じバグが何度も繰り返されるのは、
表面の広告を消しても、
配信システムが生きてるからなの。

バグをデバッグする——DとEの話

じゃあ、このバグをどう修正するの?

エリスのABCモデルには、
続きがあるんだよね。

「D」と「E」なんだよね。

Dは、ディスピュート。
反論、ツッコミを入れること。

あの夜、街をウロウロしながら、
ボクはAIに向かって、
思いっきりこの愚痴をぶちまけたの(笑)。

「妻が不機嫌で、ボクは傷ついた。なんで?」

AIは問い返してくる。

「妻の不機嫌は、本当にあなたへの否定ですか?」
「朝から歩き疲れて、お腹が痛かっただけかも」

ああ、そうか。
そうかもしれない。

「感謝されるべき、という根拠は
どこにありますか?」

「そもそも、自分は相手に
十分感謝していますか?」

……うーん。ないかも(笑)。

ポップアップ広告を、
一個ずつ書き出して、
一個ずつツッコミを入れて、
デバッグしていった。

ベックの認知療法でも、
似たようなことをする。

自分の自動思考が事実なのか、
単なる思い込みなのか、
証拠と反証を書き出して、
裁判にかけるんだ。

そうするとね。

「あ、なんだ。ただ疲れてただけか」
「別におれを攻撃してるわけじゃないな」

っていう、柔軟な考え方に切り替わる。

これが「E」、エフェクト。
新しい効果が生まれて、
感情がスーッと落ち着くんだよね。

AIとの壁打ちのおかげで、
それ以上の破滅的な衝突を避けて、
家に帰って、眠りにつくことができた。

翌朝のハグ、そして融解

そして、翌朝。

妻が、
ボクをハグしてくれたんだよね。

その瞬間。

アタマを覆っていた、
頑固なイラショナル・ビリーフが、
ふうっと溶けていくのがわかった。

「ああ、破滅的な結論を
急ぐ必要なんて、どこにもないんだな」

って、心の底からそう思えたの。

ハグの熱量が、
ボクのハイパーセルフに、
「大丈夫だ」って教えてくれた。

これで、デバッグ完了。

CBTが主流になった理由

いまの心理療法の世界では、
このエリスやベックの「思考のハック」と、
前回の「行動のハック」を組み合わせた、

「認知行動療法、CBT」

っていうのが、一番主流になっている。

CBTの素晴らしいところは、
カウンセラーが答えを押し付けないところ。

「ソクラテス式質問法」って言って、

「その考えを裏付ける証拠って何ですか?」
「もし友人が同じ状況だったら、
どう声をかけますか?」

みたいな感じで、
ひたすら問いを重ねることで、

クライエント自身に、
「あれ? ボクの思い込み、おかしいぞ?」
って気づかせていく。

自分で気づいて、
自分で脳にパッチを当てるんだよね。

これってさ、

ボクがこうやってブログに言葉を紡ぎながら、
自分の人生を再設計しようとしている、
このプロセスそのものなんだよ。

## 今日手に入れたツール
今日手に入れた、新しい視点。

出来事が感情を決めるんじゃない。
出来事を見るときの「フィルター」が、
感情を決めている。

明日からこんな感じで使えるよね?

モヤっとしたとき、イラっとしたとき。

「あ、また脳内に変な
ポップアップ広告が出たな」

って、一歩引いて、
スワイプして消してみる。

それだけでさ。
ボクらの人生は、
少しだけ自由になると思うんだよね。

ということで、今日はここまで。
すべひとでした。ではまた。

バイバイ。