こんばんは。
ハイパーセルフ、
すべひとです。
えーと今日はね。
前回のフロイトの話の続きで。
「過去の地下室じゃなくて、
今、ここ、に目を向けろ」
って言い出した巨匠たちの話を
しようと思うんだよね。
前回、フロイトの
「地下室探索」の話をして。
最後に、
「でも限界もあるよね」って
話をしたじゃない?
深く深く掘って。
何十年も前の、
過去の原因がわかったとしても。
それで明日の朝から
現実がすぐ変わるわけじゃないし、
証明も難しい。
「原因はわかった。
で、ボクは明日から、何をするの?」
っていう問いが残ったんだけど。
今日は、
そこへの「答え」を
本気で作った、
2人の天才の話をします。
まず最初に出てくるのが、
フレデリック・パールズっていう
精神科医。
パールズとゲシュタルト療法
もともと、フロイトの
精神分析の訓練を
受けた人なんだけど。
途中でフロイトと決別して、
「ゲシュタルト療法」っていうのを
編み出した人なのよ。
一番の違いは、時間軸。
フロイトが
「過去を掘り起こす」
アプローチだったのに対して。
パールズが言ったのは、
「過去でも未来でもなく、
今、ここ、を見ろ」
だったのよ。
「今、ここ(Here and Now)」。
これが、今日一つ目のキーワード。
過去ではなく、今ここ
ぼくらってさ。
「上の空」でいることが、
めちゃくちゃ多くない?
昨日の仕事の失敗を
ずっとぐるぐる引きずってるか。
明日の会議のことを
心配して、ビビってるか。
「今この瞬間の体験」に
100%意識が向いてることって、
実は、ほとんどないんだよね。
ルビンの壺
ここでパールズが使ったのが、
あの有名な「ルビンの壺」の図形。
見方によって、
壺に見えたり。
向かい合う二人の顔に見えたりする、
あの絵。
あれ、不思議だよね。
「壺」を見てるときは「顔」が消えて。
「顔」を見てるときは「壺」が消える。
同時に両方は見えない。
パールズはこれを、
心のフォーカスとして説明した。
「図」と「背景」。
これが、今日二つ目のキーワード。
「今、一番気になっていること」が、
「図」としてパッと浮き上がる。
お腹が空いてるときは、
「ご飯」のことだけが「図」になって。
周りの景色は、ただの「背景」に沈む。
一つのニーズが満たされたら、
それは「背景」に退いていって。
また、新しい何かが
「図」として現れる。
これが、心が健康で、
「今、ここ」を生きている状態。
でも、言いたいことを我慢したり。
感情を無理やり押し殺したりして、
「未完了」のままだとどうなるか。
消えないモヤモヤの正体
その未消化な感情が、
「図」のところに、
ずっと居座っちゃうんだよね。
ねえ、私のこと忘れてない?って。
何度も何度も、
背景からしゃしゃり出てくる。
これが、パールズの言う
「未完の経験」。
喉に刺さった小骨みたいな。
心の奥に刺さったまま抜けない、
小さな棘みたいなもの。
「あれ、なんだったっけ?」っていう
モヤモヤを引きずったり。
名前のつかない不満や苛立ちが、
ずっと消えない感覚。
この「未完了」なものを、
「今、ここ」で終わらせる。
「空っぽの椅子」という手法
そのために、
目の前に空っぽの椅子を置いて。
本当は言いたかった相手が
そこに座っていると見立てて話す、
「エンプティ・チェア」
っていう手法も生まれた。
たとえば、
高圧的な上司に対して。
「本当は言いたかったけど、
飲み込んでしまった言葉」があるとする。
誰もいない部屋で。
目の前の空っぽの椅子に、
その上司が座っていると想像してみる。
そして、声に出して言ってみるんだ。
「あのときの言い方、
本当はすごく納得いってません!」
「もっとボクを、信じて欲しかった!」
そうやって声に出すと。
体が動いて、涙が出たり。
怒りが溢れたりする。
そうやって「今、ここ」で
感情を完結させてあげると。
翌朝、その上司に会ったときに。
不思議と、心の棘が
消えてたりするのよ。
理屈じゃなくて。
今ここで感情を出し切って、
「図」から「背景」へと
スッキリ退いてもらうわけ。
人の力を信じたロジャーズ
そして、このエキセントリックな天才パールズと、
まったく同じ時代に。
激しいライバルであり、
同時に同じ光を目指した、もう一人の巨匠がいる。
それが、カール・ロジャーズ。
実はこの2人、1965年に、
「グロリア」という同じ女性をカウンセリングする、
伝説の映像を残してるのね。
これがもう、見事に対照的なのよ。
徹底的に優しく、静かに寄り添うロジャーズと。
タバコをスパスパふかしながら、
「今、ここの矛盾」をズバズバ突きつける、
超エキセントリックなパールズ。
手法はまったく正反対なのに、
2人とも「人間の可能性」を100%信じている。
まさに、人間性心理学の双璧なんだよね。
そのロジャーズが作ったのが、
今のカウンセリングの土台、
「来談者中心療法」。
ロジャーズの人間観は、
すごくシンプル。
「人間は本来、
自分を良い方向に成長させる力を
持っている」っていう。
植物が、暗闇の中でも
自然と太陽に向かって
伸びていくように。
人間にも、
「自己実現」の力が備わってるんだ、
って信じ抜いた。
フロイトが
「人間は本能に振り回される、
ドロドロした存在だ」と言ったのに対して。
ロジャーズは、
「光に向かって自ら育つ存在だ」
って言った。
めちゃくちゃポジティブだよね。
じゃあ、なぜ人は悩むの?
なぜ人は悩むのか
ロジャーズはこう言った。
周りからの期待とか、
「こうあるべき」っていう
思い込みに縛られて、
自分の本当の気持ちを、
歪めてしまうから。
理想の自己と現実のギャップが、
苦しみを生む。
優れた聴き手、3つのルール
そこでロジャーズが考え出したのが、
優れた聴き手になるための
「3つのルール」。
まずは、まるごと受け入れる
「受容」。
専門用語で言うと、
「無条件の肯定的関心」。
次に、相手の目線で感じる
「共感」。
そして、自分に嘘をつかない
「自己一致」。
これ、言葉にするのは簡単だけど。
実践するのは超難しい。
現場で実践してみた
実は先日、
職場でこんなことがあったのね。
ある若手のメンバーが、
新人研修の担当をしてたんだけど、
新人側から人事部にクレームが出た。
彼女、すごくショックを受けた。
「自分の教え方の、何がダメだったのか」って。
自分を責めて、落ち込んでた。
そのとき、ボクがやったのが、
まさにロジャーズの「3条件」の
実践だったのよ。
まずは、受容。
アドバイスや正論を言う前に、
彼女が今、生で感じている「しんどさ」を、
そのまま、一緒に、受け止める。
「それは辛かったね」
「そんなふうに感じたんだね」
これ、
「相手がやったことすべてを肯定する」
っていう意味じゃないんだよね。
そこ勘違いしちゃいけない。
「相手が、そう感じている」という事実を、
こちらの評価を一切挟まずに、
「そこにある」と認めさせてもらう感覚。
次に、共感。
専門用語で言うと、「共感的理解」。
「彼女の目から見ている世界」に、
自分も入り込んで聴く。
憑依する、みたいな感覚。
ただ感情に流されて「かわいそうに」なんて
同情するのとは違う。
相手と同じ靴を履いて、
相手と同じ景色を見つめる。
でも、「まるで自分であるかのように」
っていう境界線、客観的な自分は失わない。
「研修官として頑張ってきたのに。
否定されたように感じて、
足元が揺らいでるんだな……」って。
彼女が見ている景色を。
隣に座って、一緒に眺める。
そして、一番大事なのが、自己一致。
ボク自身が。
「早く励まして終わらせよう」とか。
「忙しいのに面倒だな」なんて、
微塵も思いながら聴いちゃいけない。
ボク自身が、
「彼女を大切にしたい」という
自分の素直な気持ちと、
100%一致した状態で、そこに居る。
飾らず、ありのままの自分で
向き合うこと。
そうすると、不思議なもので。
しばらく話しているうちに。
彼女も少しずつ、
「今、ここ」の自分を
取り戻していくんだよね。
クレーム対応と全く一緒
これ、コールセンターの
クレーム対応の奥義とも、
まったく同じなんだよね。
激怒してるお客さんに、
アドバイスなんか、
絶対しちゃダメじゃん?
ひたすら受容し、聴き役に徹する。
そうすると、お客さんは
自分の言葉の鏡を見て。
自分で勝手にクールダウンして、
解決に向かっていく。
鏡になってあげるだけで、
人は、自ら解決する力を
発揮し始める。
パールズもロジャーズも、
根底にあるのは、
「人間への絶対的な信頼」
なんだよね。
フロイトは
「解釈を提供する専門家」
だったけど。
この二人は、
「今ここを一緒に生きる伴走者」
なんだよね。
人生の意味を問う、もう一人の巨人
そして、この「人間への絶対的な信頼」を、
もっと過酷な、それこそ命の極限状態で証明した、
もう一人の偉大な巨匠がいる。
ヴィクトール・フランクル。
アウシュヴィッツの強制収容所を生き延び、
「実存療法」という流れの柱になる、
「ロゴテラピー(意味療法)」を創始した精神科医。
ボクも、人生の激しい嵐の中で、
彼の著書『夜と霧』に、
何度も心を救われてきたのね。
フランクルはこう言うの。
「どんなにすべてを奪われても、
人間には最後の一つだけ、
絶対に他人に奪われない究極の自由がある。
それは、与えられた過酷な状況に対して、
自分が『どんな態度をとるか』という、
自分自身の心の自由だ」って。
「人生の意味なんて何もない」
と絶望するんじゃなくて。
「世界から『君は今、この状況で
どう生きるんだ?』と、
常に問いかけられている。
ボクらは、その問いに、
自分の生き方で答えていく存在なんだ」
って考える。
このロゴテラピーの強烈な視点を持つと。
目の前の理不尽なトラブルや、
仕事の逆境も、
「今、ボクが生きる意味を
問われているステージ」に、
見えてくる。
伴走者が隣に立ち、
そうやって自分の「生きる意味」を
もう一度取り戻していく。
それこそが、この時代の心理学者たちが、
ボクらに授けてくれた最大の武器なんだよね。
「寄り添い」の限界
ただね。
この感情的なアプローチにも、
次の世代が向き合った問いがある。
感情に向き合って。
「気づき」は、生まれた。
でも。
気づいたからといって。
明日からすぐ、
実際の「行動」が変わるわけじゃない。
「頭ではわかった。
でも、電話のベルが鳴るだけで、
やっぱり足がすくんじゃうんです……」
そんな「行動のクセ」を。
どうやって科学的に直していくのか。
これが、次の流れ。
「行動療法」を生んでいく。
今日手に入れたツール
というわけで今日は、
パールズとロジャーズの話をしました。
今日手に入れたツール。
「ジャッジせずに、『今、ここ』を受け止める」。
明日から、こんな風に使えるよね。
もし誰かの悩みや、愚痴を聞くときは。
「この人も、光に向かって育つ存在だ」って。
ただ信じて、受け止めてあげよう。
それだけで。
相手は自分の力で答えを見つけて。
また勝手に、歩き出せるようになるはず。
今の自分と重ねて、
「これ、未完の経験かも」って
思い当たることがあったら。
ぜひコメントで教えてね。
今日はここまで。
すべひとでした。
ではまた!